ゆり

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 道路を歩いていると、香りにひかれ振り向いたらご対面。
 女性らしさを感じました。

私のおばあちゃん

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私の可愛いおばあちゃんを紹介します。

お歳は100歳で、金さん銀さんの”金さん”みたいに小さくて可愛いおばあちゃんです。

この写真は、内閣総理大臣 小泉首相から頂いた記念の賞状です。

「へ~そんなんもらったんかいな~」とのんきな本人さん(^^)

私の方が喜んでいる始末です。

施設では、沢山の入居者様のお誕生日を迎えるたびに尊い気持ちになりますが、この日も同じでした。

今日のこの日に感謝しつつ、一日でも長生きしてもらいたいと思う私です。

RIFA 2005年3月号 栗東国際交流協会 海外レポート④ エジプト編(後半)

次に一泊2日でフルーカという帆船に乗ってルクソールへ。

フルーカとは定員10人位の小さなヨット、船上にはマットが敷かれているだけの簡単な造りで夜は満天の星空を仰ぎながら夢の中へ。

トイレは左右の広大な大地。

食事はターウード・バシャ(ミートボールをトマトスープで煮込んだ料理)を暖めたものとアエーシ(パン)といった簡単な夕食でしたが、他の乗客と一緒に食べる味はまた格別でした。

しかし到着日は風に左右されて予定通り航行せず、手前の小さな町エドフで降ろされてしまった私は、その日最終のルクソール行きの長距離バスがある事を知り、とにかく飛び乗り胸をなでおろした一日となりました。

ルクソール内移動には主に個人マイクロバス(一回約5円)を活用。

適当に道路に立っていて、乗りたい意思を表示して搭乗し、降りたい所をリクエストして下車するという地元住民の足。

観光客である私は1ポンド(約20円)を要求されることも多く、最初からお釣りなしで対応し、支払ったらさっさと降りてしまうという知恵で対抗、そんな駆け引きが面白くて何度となく利用しました。

メインとなる遺跡のほとんどを見学し4日間を残した私は予定を変更し、夜行長距離バスで、ダイビングのメッカ紅海のふもとハルガダに到着。

3日間でダイビングのオープンウオーターの免許がとれるとあって気合十分に取り組みました。

どこまでも広がる青い海、人懐っこくついて来るイルカの群れ、そしてなんといっても初めて目にする神秘的な海底に魅了されあっという間の3日間でした。

エジプト最後の夜、カイロに向かう夜行長距離バスの中、ダイビング免許を抱えながら熟眠できたのは、試験をなんとかパスさせようと必死にまってくれたインストラクターの方々のおかげでした。

この旅行で得たものは、喧嘩して途中で降りたタクシー運転手を除き、さまざまなエジプト人の”人の良さ”に触れることができたことです。

ちなみに一泊平均120円~180円の安宿、一食平均30円~50円の地元料理で過ごすことができたので、航空チケット代、ダイビングのスクール費用込みでトータル9万円以下に収まり、目的達成の成功旅行に大満足して、朝焼けのエジプトを後にしました。

今回で、私の海外レポートは最後となりました。

一年間、どうもありがとうございました。

RIFA 2004年12月号 栗東国際交流協会 海外レポート③ エジプト編(前半)

いよいよエジプト14日間のひとり旅が始まります。

カイロ空港へ降り立った時から早くもタクシーや送迎リムジン勧誘(約800円~1000円)の洗礼を受ける羽目に!

呆気にとられながらも予定通り市内バス(約10円)でカイロ中心部へ。

何と言っても今回の旅行テーマは”地元価格旅行”。

はてさてどこまでつらぬけるやら。

宿を探して右往左往していると、オーストラリアからの長期滞在旅行中という家族から声を掛けられ「道に迷っているみたいだけど一人?」と驚かれ、「無謀だ!」と諭されて、見ず知らずの私を彼らのホテルへ宿泊させてくれました。

もともとエジプト人でありながらキリスト教を信仰する彼らは、イスラム国家であるエジプトでは宗教的トラブルが多いとオーストラリアへ移住。

数々の過去を聞きながら、未だに止まぬ宗教戦争の根源を一部垣間見た機会でした。

親切なご家族ともお別れし、いよいよ夜行列車で一路スワンへ。

エジプトで見逃せない巨大遺跡といえば、スフィンクス、ピラミッドと並ぶアブ・シンベル神殿。

水没の運命にさらされ、ユネスコによって救済されたことは知っていたものの、その規模の大きさに圧倒されるばかりでした。

ここアスワンでのもう一つの思い出は、エレファンテイネ島を散策中に出会った原住民のヌビアの方に自宅へ招待され、日常的な飲み物である紅茶のシャーイ(チャイとは違う)をご馳走になったことです。

カイロの地下鉄の職員さんにご馳走になったシャーイとはまた違った味わいでした

RIFA 2004年9月号 栗東国際交流協会 海外レポート② イギリス編

イギリスの夏、ロンドンといえば、街中のアパートの窓辺から吊り下げられた美しく咲き誇る花々を想像しませんか?

確かにプライベート病院や高級アパート、パブなどの軒先にはマーガレット、ベゴニア、ゼラニュームなど色とりどりにデコレーションされています。

ところが、個々のアパートの窓辺には期待していたほどの花は見かけられず、ガーデニングが大好きな私にとって、「自分のイギリス観」が少し変わった瞬間でした。

物価は日本の約2倍!貯金が頼みの綱である私にとっては、住み心地が良いとは言いがたく、理想とは程遠い現実を目の当たりにしています。

そんな頃、なんとあの憧れのウインブルドンのチケットが手に入ったではありませんか!

しかもここロンドンでもなかなか手に入らないセンターコート。

’01年優勝者ゴラン・イワニセビッチ(クロアチア)の引退試合で、’02年優勝者レイトン・ヒュ-イット(豪)との新旧のスター対決でした。

センターコートでみる「本物」は、拍手が縁傘にこだまし、打球がきれていく様子、一球ごとの観客の声援と、サーブ前には誰もが沈黙するマナーや名物のシャンペンとストロベリー(生いちご)のほのかな香りなど、映像では伝わってこない躍動感が堪能できました。

別件では、日本でも人気沸騰中のジェイミー・カラム(英)、ジャズシンガーでピアニストである彼のコンサートに行けたことも私にとってのプレミアものでした。

高い知名度からは程遠い小規模なコンサート会場で、彼独特のステージに引き込まれた2時間半はあっと言う間でした。

グランドピアノの上に立ち上がるなど型破りなエンターテインメントや若い外見からは想像しがたい味のある渋い声を通し、ステージと観客との一体感に私のみならず誰もが酔いしれずにはいられません。

数々の歴史建造物やミュージアム、イギリスガーデンを楽しむはもとより、ミュージカルをはじめ「本物」に触れる悦びが体感できます。

アンテイーク家具などで代表されるイギリスは格調高き昔を思わせる一方、世界を代表する文化が共存する魅惑の国だと言えるでしょう。

RIFA 2004年6月号 栗東国際交流協会 海外レポート① ヨーロッパ編

RIFAの海外レポーターとして掲載された記事を載せていきます。

「海外旅行」と言えば、飛行機を使った移動が一般的ですが、今回は少し変わった旅行の楽しみ方を学びました。

ロンドンからフェリーでドーバー海峡を渡り、その後はベルギー、ドイツ、チェコリパブリック、オーストリア(ウイーン)、イタリア(ベニス/ローマ/フィレンツエ)スイス、フランスの7カ国をCoach(長距離バス)で移動。

車窓から見る広大な風景!「暖かい春のシグナル」を感じたかと思うと、次の国では「冬に逆戻り」なんていう季節の変化を

体感できる醍醐味。

飛行機でひとっ飛びはあまりにももったいない話!

もちろんボーダーでは「入国審査」なるものがありました。

一見日本の高速道路の料金所のようなスタイル。

国境を越えるまではバスから降りる事が許されず、必要に応じて下車するといった様子で写真撮影禁止のためお見せできないのが残念です。

さて、ヨーロッパでもっとも印象に残った場所といえば、ウイーンのシンボル”聖シュテファン大寺院”。

町並みが一望できる北塔はもとより、さらに印象深かったのはカタコンベ(地下墓地)!

ここではハプスブルク家歴代皇帝の心臓以外の内臓、棺、ペストで死んだ2000体の人骨が山のごとく積み重ねられた様子を見学。

途中一度停電になったりと少し腰が引けましたが必見の場所でした。

次にローマ。

到着日は、Holy week (イースター前の一週間)の初日、いわゆるPalm-Sundayにあたる日で、この日は、サンピエトロ寺院(カトリック総本山で規模は世界一)に入ることはできませんでしたが、その広場にはローマ法王の「聖なるメッセージ」が響き渡り、会場両サイドの大スクリーンを通し法王のお姿を拝見することができ神聖な気持ちになれました。

場所を変えてコロッセオ(紀元80年に完成した円形競技場)にやってくると、今度はそのスケールの大きさに圧倒されると同時に、目を閉じると当時の観衆の声援が聞こえてきそうでした。

では次回まで・・・・・・・・