ママの子で幸せでした

1月2日に母が他界しました。
楽しみにしていた私とのクルージング旅行の旅先で倒れ54日後のことでした。

昨年 3 月、メラノーマという特殊なガンが、母の全身に転移していることを知りました。元気で全く自覚症状がないだけに、本人の戸惑いはたとえようがなかったと思います。旅行前日もジムに通い、医療者の私でさえ、ここまでの展開の早さは想像がつきませんでした。

11 月 5 日に旅行へ出発、最初の 3 日間は夢のように充実した時間でした。その後急変し、船上からヘリで搬送され→九州の病院→大阪の病院→在宅での看取りとなりました。
数えきれない方々にお支えいただいたことに感謝申し上げます。

母は、「途中で倒れてもクルージングに行けて良かった」と、写真を眺め何度も語ってくれました。
最期は、自宅の大好きな庭を眺めながら、家族の談笑に包まれ、ノンアルコールビールで喉越しを楽しみ、息を引き取るその瞬間を家族で見送ることが出来ました。訪問医いわく、在宅介護でも、その瞬間に立ち会えるのは非常に珍しいとのことです。
そっと瞼を閉じ、沢山の蘇る思い出を胸に、「時を駆け抜けて逝った」母でした。

母が亡くなり、改めて気付かされたことが2つあります。小さいころから見慣れたはずの実家の庭が、癒してくれます。山茶花が咲き誇り、様々な鳥が出入りするその小さな空間は息づいています。
至るところにユニークな陶器の置物、私の小学時代の作品モアイ像がこちらを見ています。人呼んで「ジブリの庭」です。ふと、ミカンを枝に刺してみると、つがいのメジロの会話が聞こえてきます。
山茶花の枝を切って、温かい部屋に小さな冬を招き入れます。
私にこんな感性があったのかしら・・・母が今の私を見たら驚くと思います。

もう一つは、母の書類の整理能力には脱帽です。
亡くなって約1ヶ月、様々な手続きが必要ですが、私が探す書類はすべて見つかります。
保険関係、墓地関係、銀行関係、携帯の暗証番号に至るまで、とにかく全てです。母の独特の整理方法があり、それは完全なアナログですが、その威力を身をもって感じました。

親が亡くなって一番困るのは、何がどこにあって、どうなっているのかがわからないことです。
母は私にその苦労を一切させませんでした。
書類が見つかるだけでなく、その書類には、やり取りの日付と簡単な内容が時系列で書かれています。
そのため、私の理解も瞬時です。
母がいつ、誰と、何を、どのように交わしたのかが分かるのです。私は、母とは真逆で「大雑把すぎる」とよく言われたものです。

そんな私が先日から、母の整理方法を真似はじめました。母の自慢げな顔が目に浮かびます。
素直に「この能力が私に引き継がれていますように・・・」と願います。

下記は、「父の介護」に続き「母の医療」を綴っています。少しでも在宅医療・介護に携わっている方のお役に立てればと思います。https://carestyles.com/carelab-2/

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