テーマ2 パパの介護

【第13回 充実した最期の時間(前半)】

2人の時間

母も妹も帰り、私との時間に切り替わりました。
たわいもない会話が、これほど大切に思えたことはありません。
痛みもありません。

夜9時すぎ。
今までなら、父をシャワーへ入れていた日常の時間帯です。
場面は違いますが、娘と父との会話が続きます。

「私、自分の晩御飯を買ってくるね」

「そうか」

「すぐに戻ってくるね」

「そうしてくれ」

「新聞でも読んでてね」

15分後に戻りました。
「ただいま」
「あれ、寿司を買ってきたのに、ワサビと醤油をもらい忘れた」
「ちょっと、もらってくる」

再度外出し、10分後に戻りました。
すると、父が言うのです。
「アイス食べようかな」

「え?食べれるの?」

「うん、アイス食べてもええな」

父の毎晩のルーティンである、アイスを食べたいと言ってくれたのです。

「じゃあ、買ってくるね」

10分後に戻って、そうそう食べ始めました。
ガリガリガリ

「本当にガリガリ君やな」

「ん?」

「いや、何でもない」
「おいしい?」

「うん」

ガリガリガリ
喉が詰まることもなく、ゆっくりとしっかりと食べるのです。
そのシーンを家族へビデオ配信すると、皆が喜んでくれました。

半分程食べて終了。
歯を磨いて、うがいして、身支度を整えて就寝です。

「パパ、おやすみ」

「おやすみ」

え?そうですか?

早朝、6時過ぎ、看護師の方の巡回です。
どうやら自動血圧計で血圧が測れないようです。
手動に切り替え測ると60/、酸素95%です。

先の2日間の夜と違い、私が一晩起こされることはありませんでした。

普通に寝ているようで、良く寝ているなっといった感じでした。
呼びかけると、覚醒して反応してくれます。

血圧が低いので寝たままで、足元のギャッジアップをしました。
いつものように、頭を洗い、髭をそります。
同時に、妹と母に早めにくるようにメールをしました。

昨日までの尿量は800CCほどでしたが、今は200CCほどに減少。
鎮静剤の影響で、呼吸機能はじめ、その他の機能の抑制が出てきています。

8時ごろには、眠りが深くなり、努力呼吸が始まりました。
酸素は96%です。

10時すぎに、妹と母が到着します。
父の努力呼吸が続きます。

「はぁ」

「はぁ」

「はぁ」
3~4秒に一回ごとに繰り返します。

「パパ」と声をかけると、目を開けてくれます。
しばらく見つめて、また閉じるのです。

私達は、いつものように家族としての大切な時間を過ごします。

口が乾くので、30、40分おきに、スポンジで口腔を水で潤します。
歯茎に這わせると、気持ちがよさそうです。
こまめに唇へワセリンを塗ります。

口の中を綺麗にしようと「お口開けて」と言うと、大きく口を開けてくれます。
「すごい」
と思ったものの、今度は口を閉めてくれません。
大きく開けっぱなしです。

「パパ、もういいよ、閉めて」
「お~い、パパ、もういいよ、閉めて」

それでも大きく口を開け続けるのです。
下あごを抑えても閉めてくれないので、髭の電気カミソリを当てると口が閉じたのです。
身体が覚えている手続き記憶です。

その後、私が部屋に戻ってきた時、ちょうど妹が口の中を洗ってあげようとしていました。
「パパ、お口開けて」

パクっと、大きく口を開けてくれます。
やはり、口を閉めてくれません。
大きく口を開け続けるのです。

「パパ、もういいよ、閉めよ~」と。
私たちに最期の笑いを共有してくれるのです。

【続き 第14回 充実した最期の時間(後半)】