テーマ1 ママの医療

【第10回】この番組を今から見ようと思うの

観たいけど、観たくない

父の入浴介助を終え新聞を斜め読みしている私と、一息ついた父へさりげなく話しかけてくる母。

「今夜この番組を観ようと思うの」。
2024年4月26日夜10:30~ NHK番組「時をかけるテレビ あと数か月の日々を~物理学者・戸塚洋二がんをみつめる~」、ノーベル賞候補と言われながら2008年がんで亡くなった、戸塚洋二氏の最期まで科学者であり続けた生きざまである。

「この人凄いのよ、自らの病についてのデータを集めたりね、頭の中に浮かんだ妄想を語ったりね」
番組内容を読み上げる母に対し、新聞を読みながら半分だけ聞いてる私。

「がんが進んだらどうなっていくんだろうって思うの」「なんか観てみたいなって」
「ふ~ん、何時から」
合図地を打ちつつも、双方違う行動をしながらの会話です。

ひと月前に母のがんが発覚

実をいうと、母は一月前突然に、悪性黒色腫(メラノーマ)と診断を受けたばかりです。
胃、肺、筋肉内、複数カ所に転移が認められています。
メラノーマは、進行しやすく治療方法も限られる疾患です。

振り返ると、がんの告知後この1ヶ月間、母は怒涛のごとく行動していました。

「自分が動ける間に」
この言葉を何度も口にして、財産整理、遺言作成、もう一度会いたい知人・友人を訪ね鳥取や名古屋へと訪問。

「動いている間だけ忘れられるの、夜は全く寝れてない」
まさに今の母が置かれている境地です。

5日前、第一回目の化学療法(オプシーボ点滴)の治療を終えたばかりです。
その副作用は2週間後くらいに出てくるかもと言われ、今その恐怖を抱えています。
「今元気なのに、治療してしんどくなって、動けなくなるなら、意味がないやん、嫌やな」

「そうだね」
私としてもこればかりは、その時が来ないと何とも言えません。
母親の副作用が出ないで欲しいと願う気持ちとシンクロするのです。

今までよりクリアな日常

好奇心旺盛で、学ぶこと、動くことが好きな母です。
今でも英語を習い、パソコンを使い、プールへ泳ぎにいきます。
TV番組も料理番組、ドラマ、ドキュメンタリィーと、あらゆるジャンルを録画して、時間を作っては一人で楽しんでいます。

番組が始まりました。
普段なら自宅へ帰ってしまう私ですが、なぜか母の横に座っています。
「このコーヒー美味しいわ」
「お菓子あるで」
「食べたい」・・・・
   
番組終了後に残った気持ちは、ひとそれぞれの最期があるのだということ。
誰もが一度だけ体験する”その時”です。
今回は、研究者戸塚氏の”その時”を共有した時間でした。

「そろそろ帰るわ」

私が玄関を出ようとした時の母の一言。
「今日は一緒に観てくれてありがとね」

母の中に、新たに生じる気持ちがあったのだと思います。
一人で観ていたら、その意味づけも異なっていたでしょう。

「私がいるから大丈夫」
母をハグして帰宅の途につきました。