テーマ1 ママの医療
【第30回】帰れるとしたら今
在宅介護を選択
状態が安定せず、意識があるうちに親戚や知人に合わせて良いという許可がでました。
全く食事を口にせず、しんどいと呟く母です。
確かにギャッジベッドで起こしても、すぐに寝かせて欲しいと返ってきます。
一方で、顔にパックをしたり、足浴や手浴をしている間は穏やかです。
気持ちが良いという反応で、普通の会話が展開します。
要するに、しんどそうな様子の中にも変化があるように感じたのです。
もしかして、在宅へ戻るなら今ではないか、そう感じた瞬間でした。
環境され整えれば、現在の点滴治療は、そのまま在宅ても実施が可能です。
環境とは、訪問看護と訪問診療の体制整備、訪問介護や訪問入浴の準備です。
そして何と言っても、最大の課題は、一人になる時間のカバーをどうするかです。
脳腫瘍増大によって状態悪化のスピードが早い以上、在宅で一人になる時間は避けたいものです。
ここがクリアしない以上、本人も帰りたいが不安もあります。
こんな時私は、いつも遠慮なくインフォーマルな力に感謝しつつ頼ります。
10秒先に住んでいるおばちゃんには、時々母をのぞいてやって欲しいと依頼済みです。
料理が上手な親しい方には、ご自分の夕食と同時に母の分も作り届けて欲しいと依頼済みです。
そしてこの思考の延長で、ふと思いついたのです。
若い頃から母を良く知っていて、現在お一人で暮らされている近しい方(Iさん)のことです。
私は、Iさんに電話をして、状況を説明して頼んだのです。
「しばらくの間、母のそばで一緒に過ごして欲しい」
二つ返事で、もちろん、何でもするよと、嬉しい言葉が返ってきました。
直ぐにでも飛んで行ってあげたいと言ってくれたのです。
本当にありがたいことです。
次の日に先生へ、在宅介護を希望する旨を伝えました。
一人になる心配もなく、サービスも整うことで、賛成してくださいました。
IVH(中心静脈栄養)はどうだろう
一つ気になるのは、食事を全く取らないのです。
すでに10日近く摂っていません。
お腹が空いた、空きすぎで眠れないと何度も繰り返します。
しかし、大好きだった食べ物を口にすると、泥を飲んでいるようにまずいと言います。
水を飲むのも苦そうな表情をするのです。
味覚障害が出ています。
そのため1日前からアミノ酸の点滴が1日2本追加されました。
末梢点滴であるため、2本で400キロカロリーがせいぜいです。
食べたくないのではなく、食べられないのです。
食べたくても、食べられない、知覚や味覚障害だとされています。
食べられないからエネルギーが枯渇する、体幹を保ちたい、皆んなと話したくても話せなくなるのではないか。
迷いながら、先生に相談したのはIVHです。
延命のためではなく、せっかく意識があり話せるなら、本人も楽しみにしている一時の時間を守りたい。
そんな気持ちがあったからです。
400キロカロリーが1000キロカロリーくらいには上がります。
実施する意味があるか?と迷いながら、検討のテーブルに上げておきたい、そんな気持ちでした。
IVHは、感染リスクがある。
母の疾患から、血栓になりやすい。
日常生活上、首からテープが貼られているのも違和感がある。
カロリーは足らないが、最低限は末梢から補っている。
これらを考えると、必要性は高くないだろうとの結論です。
その通りだと思い、その考えは取り消しました。
やはりこう話してみると、気持ちの整理がつきます。
一つひとつ納得です。
この夜、クッキーを一つだけ食べた時に顔を歪めなかったのです。
クッキーが甘いと言ってくれました。
母の可能性にかけようと思った瞬間です。