テーマ1 ママの医療

【第27回】リスクと生きる意味

リスクを包含する

母の4回目の放射線の治療が終わりました。
残り1回、なんとか乗り切りたい。

別の場面で、看護師の方にも尋ねられました。

「在宅にお帰りになっても、夜は誰もいらっしゃらないんですよね?」
「お一人だと・・・・危ないのでは・・・」

安全の考えた場合、大多数の回答です。
とても心配して下さってのお言葉です。

私が専門家だと知らない人は、危険に気づかせてあげたい、と思われているかもしれません。
私が専門家だと知っている人は、「机上論で実際は難しいですよ」と声をかけたくなるかもしれません。

そう、私はこの道の専門家です。
リスクを言えと言われたら、いくらでも挙げられます。
毎日毎日、そのリスクと向き合っているからです。

それでも、私には一つの信念があります。
「それ以外の方法はないのか」

確かに、一人の時間は、ベッドから動けないことを意味します。
例えば、夜の10時から、翌朝の訪問介護が来るまで待てるかです。
リスクを避ける選択肢ではなく、リスクを包含する選択肢もあるということです。

生きるとは日常

王道の選択は、本人の何を守ろうとしているのかを考える必要があります。
リスクを取り除いた生活(施設や病院)は、母にとっては空虚な時間です。

一方、自分の歴史が刻まれた自宅は、身を置くだけで生きている意味が見出せます。
長年手入れした庭は何よりも憩いの空間です。
そこにあるのは、母の心が求める今までの日常の延長です。
生きるとは、日常です。
自分の様子が変わっても、心から深呼吸できる空間だけは変わりません。

沢山の人に支えられ、アドバイスを受け、本当に心強く感謝しかありません。
あとは、家族である私の役割として「決断」することです。
リスクだらけの母の生活をどう捉えるか。
事故があれば「ほらみたことか」と言われる覚悟を。
訪問して亡くなっているかもしれない衝撃を。

【第28回】自立支援の足掛かり