機能する組織

Aさん(90歳、男性)、要介護4、高度の認知症でバルーンを使用しながら老人ホームで過ごされていましたが、半月前より徐々に食事量が減り時に嘔吐するなどの体調に変化が現れてきました。日中においても傾眠傾向が強くなり、主治医は年齢による状態悪化と診断され、症状に合わせ対処療法を行っていましたが、ご家族の希望もあり入院に至りました。

入院1週間後、家族から相談員に一報が入り「病院からの退院要請で1週間以内に施設に戻りたい」、現状は「24時間点滴し時々吸引している」とのことでした。老人ホームは、看護師のオンコール体制はとっていますが、夜間は介護士のみとなるため吸引ができません。電話の内容が看護師へ伝えられ、それを受けた看護師は急ぎ情報収集のため病院へ行きました。病院の説明では、家族の希望で点滴は抜去するが、吸引は時に夜間も必要になるかもしれないとのことでした。

×:機能していない組織

看護師から報告を受けた施設長は、みんなで相談し受け入れの話を進めるように指示をしました。相談員が調整し、看護師、相談員、ケアマネジャー、介護士との間で情報を共有し意見を求めますが、誰もが受け入れには消極的です。

看護師は、受け入れるなら「夜勤者が巡視を徹底し見守るしかない」と述べました。
介護士は、「そんなのとても不安です、痰が詰まって呼吸が止まったらどうしたらいいのですか?看護師にオンコールしたらすぐに来てくれるのですか?頻回に電話したら困るのではありませんか」と反論します。
相談員は、「夜間の吸引ができないことは家族には理解して頂きますから」と述べました。
ケアマネジャーは、「今回は看取り希望なので、何かあっても介護の責任ではないと思う」と助言します。
結局、話し合いの内容は抽象的で、介護士の不満は解消されぬまま退院日を迎えました。

介護士は、「自分達だけに押し付けられた、何かあったら誰が責任を取るのだろう」と不満を抱えながら対応しました。さらには、ご家族が現実の父親を受け入れられず職員に当り散らす問題が重なります。下着の交換方法、塗布薬のタイミング、声のかけ方など事細かな指摘を受け、「どうして私達ばかりが言われるの、ちゃんと家族へ説明していないからだ」と不満が頂点に達します。
20日後ご逝去されましたが、しこりとわだかまりだけが残った状態でした。

○:機能している組織

看護師から報告を受けた施設長は、受け入れ方法を模索すべくカンファレンスの開催を相談員に指示し、看護師、相談員、ケアマネジャー、介護士との間で情報を共有し意見を求めました。
最初に施設長は「老人ホームである以上ベストな状態が準備できないことを承知の上で、我々が工夫できる事はないかを話し合って欲しい」と議論の焦点を絞りました。

看護師は、「夜間に必要な吸引回数は定かではないが、介護職員が出来る排痰方法を訓練し、オンコールするタイミングを伝えておく必要がある」と述べました。
介護士は、「自分が夜勤なら不安で仕方がないから、どんな時に看護師にオンコールすべきか、巡視はどのくらいすればいいのかなど詳しく知りたい」と希望しました。
相談員は、「家族に受入計画を伝えリスクを含め承諾してもらう必要がある」と述べました。
ケアマネジャーは、「看護と介護が互いの動きを把握すべく大枠を決めてケアにあたるべきだ」と提案しました。例えば看護師なら出勤直後、帰宅直前はかならず訪室し必要な対応をして介護職員に申し送る、介護職員も巡視ごとの記録を残すなどです。
事前確認を取っていた主治医の意見は、施設が受け入れるなら協力するとのことでした。

諸事情を家族が了解した上で、早々看護師による排痰研修がなされ、受け入れ当日の夜勤者をベテラン職員へ入れ替えるなどして迎え入れました。
結果は、職員各々が計画通りに対応し、本人の状態も落ち着いていたのですが、同時に別の問題が浮上してきました。ご家族が現実の父親を受け入れられず職員に当り散らすのです。下着の交換方法、塗布薬のタイミング、声のかけ方など事細かな指摘が続きます。落ち込む職員をフォローし関係者間で家族の思いを受容するよう声を掛け合いながら、20日後穏やかにご逝去されました。

荷物を引き上げにこられたご家族からは、「最期まで本当にお世話になりました、言い過ぎてごめんなさい、皆さんとても良くやって下さいました」と感謝の言葉を頂きました。