テーマ3 パパの介護(ステージ1)

【第2回】死に方談義 まさに人生会議?!

夕食後のくつろいでいる時間です。


「パパはいいよね、死ぬ時はきっと心臓だもん」
「発作が起きたら半日くらいかな」

姪っ子
「え?」


「いやね、人間死に方は選べないわけよ」
「がんで苦しむ人もいれば、寝たきりで動きたくても動けない人もいるのね、最後は本当にさまざまなの」

姪っ子
「そうなんだ」


「そうや、そういう意味ではほんまにラッキやなー」


「運ばれたら半日くらいは苦しいかも」
「以前の発作で倒れた時は苦しかった?」


「ん〜そうでもないかな」
「意識はあったかな」
「まあ、それくらいはいいよ」


「ほら一時期、膀胱の出血が続いた時があったでしょう?何度も病院に行って、全く出血が止まらないし、ちょっとやばいと思ったよね」


「そうや、あれは、せっしょうやな〜と思った、自分では心臓で死ぬと思ってるからな、これで死ぬのは勘弁して欲しいわ」


「いいな〜」

姪っ子
「そうなんや、いい事なんや」


「いつかは必ず迎える日だからね」
「まあ、私なりに今精一杯関わっているから、その時がきても後悔はないかな」

姪っ子
「そうなんや」
「うん、私もおじいちゃんに精一杯関わっているから後悔はないわ」


「そやそや」

こんな会話の中で、なぜか終わりが羨ましい??の会話になっていくのです。

「いなくなったら寂しいけど後悔はない」
姪っ子が感じるこの感覚は、教えて伝わるものではありません。
次の世代へと引き継がれていく価値観です。